わたしが仕事を完全に休んでぷらぷらしていた2019年ごろの訪問記事をリライトしています。
ランチを毎日外食する生活をはじめて半年以上が過ぎた。ほぼ誰とも話さず、一人でランチをいただきながら、以前のように文章が浮かぶようになってきた。どれもなかなかアウトプットできずにいるが、これだけは書いておきたい!というお店がある。
それが、「ましらこ」というお店だ。
茨城県は古河市にそれはある。
ランチはたいてい満席で、電話予約必須の人気店だ。レストランといったらいいのか、カフェといったらいいのか。古民家、といえば古民家だし。
草花に囲まれた、古い木造の一軒家で、一人の女性によって切り盛りされている。
検索すると、「小さな小さなしあわせ処 ましらこ」と表示される。これが正式なお店の名前なのかもしれない。味わいのある木の看板には、「ましらこ」とだけ書いてある。
このお店には、ずっと前に古河に住んでいた友人と来たことがある。たしか夜だった。そのときの印象は、駐車場も店内も、なぜかもっと広いような気がしたが、久しぶりに来たとき、日中の明かりで見た店内は、さほど広くなく、女性一人でどうにかやっと切り盛りできる最大限の席数かもしれないと思った。ここでほぼ毎日、おばちゃまは手料理をふるまっているのか、と感慨深く思ったことがあった。
そう、このお店の女性を私はひそかに、「おばちゃま」と心の中で呼んでいる。もちろん、親しみをこめて。
久しぶりに訪れた「ましらこ」でいただいた料理は、やっぱり間違いなく美味しかったのである。
その週の日曜、私は躊躇なくお店に電話し、弁当を1つ注文した。
日曜といえば、一人でランチに行けるお店を見つけにくい日なのである。日曜の昼くらい、家で食べればいいじゃないかと思うが、いまはどうしてもそれが難しい事情が家庭内と私の心の内にある(取るに足らないことだが)。
日曜はパンを買って車で食べることもある。テイクアウト専門の寿司屋(老舗)の巻き寿司1本でお腹を膨らませることもある。しかし、わたしは久しぶりに入った「ましらこ」で見たのである。朝10時まで、弁当の予約を受け付けているという張り紙を。たちまち私の脳内には、日曜におばちゃまのお弁当を食べるイメージが広がった。
早速日曜の朝に電話すると、開店より少し前でもお弁当が受け取れることがわかった。受け取りに行ったお弁当は、700円だった(いまは少し値上がりしたかも)。なんだか涙が出そうになった。お弁当のパック一つだって、中のアルミカップだって、ひとつひとつ、お金がかかっているはずだ。なんなら、ビニール袋だって、輪ゴムだって。料理には、光熱費も材料費も当然ながらかかっている。大丈夫かな。。これ、原価割れてないか・・・?ふだんは考えないそんなことがなぜか少し気になった。料理への愛なのか、食べる人への愛、あるいは命への愛なのかわからないけど、愛が伝わってくるお弁当だ。いつかどこかに置いてきてしまった忘れ物のようだ。それがなんであるか、もうはっきりとは思い出せないくらい、忘れていた、けれども、それがないと本当は生きてはいけないくらい、すごく大事なものだ。
おばちゃまのお弁当に静かに黙々と感動しながら、日曜の昼を過ごした。
スーパーの弁当でもコンビニ弁当でもなく、ましてや弁当チェーンの弁当や、たまに行く米屋のお惣菜でもなく。私はこれから毎週、おばちゃまのお弁当が食べたくなったのである。
今週、また「ましらこ」に電話した。ふたたびランチの予約をするためである。少しだけ遅れて入った店内では、おばちゃまが心持ち微笑んで出迎えてくれたような気がする。私が前回から間をおかず顔を出したので、さすがに覚えてくれたのかもしれない。どこのお店でも、顔を覚えられるとちょっと気恥ずかしいような気もするが、気に入ったお店にはついつい何度も行ってしまう。
たいていいつも一人ランチなので、料理をいただきながら、おいしいと口に出して言う機会はなかなかない。とくに、このお店の料理に関して言えば、一人でなくても、私は黙々といただくかもしれない。声高に「うまい!」とか叫ぶようなお料理ではなく、心の中で、「今日もうまいな」とか、「やっぱりお母さんのごはんがいちばんだな」と思うようなお料理なのである。それらの料理は、もしかしたら関西の方が食べたら、北関東特有の濃いめの味に感じるかもしれない。でも北関東育ちの私には、これがちょうどいい味なのだ。たとえていえば、おばあちゃんや母親の手料理のような、それでいて、今日はとくにうまいと思う日のお家ごはんなのである。
それにしても、毎日日替わりランチで、行くたびに少しずつお料理の内容が変わる。おばちゃまのレパートリーの多さに驚く。そして、こんなにたくさんの種類をどうやってつくるのだろう?、どうやって毎日献立を組み立てているのだろう?、あらまぁ、お揚げさんの中にこの具を?、おっ、レモンのすまし汁なんて爽やかでナイスなアイディア!などとぼんやり考えながらいただくのである。まだデザートのシフォンケーキの種類も前回とはちょっと違ったりする。
ひとくちずつ、言葉にならない「うまい」と「おいしい」の感覚が溜まっていく。量はたっぷりなので、ときおり、「母ちゃん、作りすぎだよー!俺、こんなに食えないよ」というセリフが、一ノ瀬さんの息子のケンタロウくん(めぞん一刻)の声で湧き上がりそうになる。それでも、少しずつ食べていくと、気づいたらちゃんと完食していて、デザートまでつけてもらっているのである。お会計のときには、おなかいっぱい、胸もいっぱいで、「ごちそうさまでした」と言うのが精一杯で、「おいしかった」と言うのを忘れてしまった。店を出て、帰る車の中でふいに、「おいしかったー!」と言い、街で買い物をしはじめる頃には、とにかく幸せだと気づくのである。
なるほど。Googleに表示されるお店の名前、「小さな小さなしあわせ処 ましらこ」じゃないか。名前のとおり、しあわせ処だ。
私は、日々の小さなしあわせをどこかに忘れてきていたんじゃないか。しあわせを感じることを、自分自身で遠ざけてきたんじゃないか。私は自分自身に何度も言い聞かせてきたことを、これからも忘れないようにここに書いておこうと思う。
自分の幸せに責任を持てるのは、自分だけだってことを。
最後にちょっとだけメモ。これを読んでから行かれる方のために。
初めて行く方は、どんなお店だろうと思っていらっしゃるかもしれません。お店の雰囲気は、ググればなんとなくわかると思うので、ここでは詳細を省いております。ひとつ、書いておきたいのは、もしランチでお店に入ったら、こんにちは!と聞こえるように挨拶するか、厨房へとつながる襖ごしに、声をかけましょう、ということ。おばちゃまは厨房にいらっしゃることが多いので、ただ黙って入店しても、なかなか気づいてもらえないかもしれません。ランチはおまかせ1種類なので、おばちゃまは注文を取りにはいらっしゃいません。初めての方には、おまかせランチでいいですか、と声をかけていらしたこともありますが。おまかせするしかありません。野菜たっぷりですが、お肉料理もついてくることが多いかな、という印象です。
予約された席には、入店前にお水(お茶)が置かれています。お客の入店に気づいたら(お客が声をかけたら)厨房から出てきてくれて、どこの席に座ればいいか、教えてくれます。そのあと、おばちゃまが料理の準備をしてくださるので、お店に入ったら、とりあえずひと声かけましょう。